『iCon Steve Jobs』はJobs本としてはオススメできない

スティーブ・ジョブズ-偶像復活

スティーブ・ジョブズ-偶像復活

まず、邦書名が気に入らないので勝手に『iCon』と呼びます。結論からいうと、本書は私からはオススメできない。Apple Storeから締め出された*1のも納得だよ。

スティーブ・ジョブズの生い立ちからアップル創業、その後の紆余曲折と現在までの軌跡を追いかけていますが、これまでAppleヲチ、Jobsヲチを続けて来た人には特に驚くような新情報はありません。でもこうやって並べられたものを一気に読んでみると、長期的に彼の身におこった変化はよくわかります。
以下苦言。共著者のひとりであるウィリアム・L・サイモンは、ギル・アメリオに密着取材して『アップル薄氷の500日』というアメリオの自伝本を書いたライターの人です。これはこれでわりと面白い本なんだけど、アップルという会社に惹きつけられる人(含む私)の気持ちをイマヒトツ(本当はイマ4ツくらい)わかってないというか、絶望的にセンスがないところが多々見受けられる。そういう人が加わって書いた本なので、素直なジョブズ礼賛本にはならないし、どころかアメリオが下地を整えたのが大事なのであってジョブズの成功は偶然に過ぎないとでも言いたげなふうである。
技術的なことも理解して書いているわけではないようで、例えばMP3の解説が思いっきり間違ってる。まあテクニカルライターが本職ではないようなのでそこには目をつぶるとしても、私の場合はさらに、NeXTについて単にJobsのエゴで作っただけの会社で技術的には何も生み出さなかったかのように書いているところがあって、その記述にぶつかったときに本を壁に投げつけたくなった。この認識ではその後のAppleの発展が何にdriveされていたかはわからんだろうね。
だから当たり前なのだがAppleのその後の発展をテクノロジの観点から記述することはできていない。NeXTは当時のAppleIBMと組んでも作れなかった次世代Mac用のOSを作り、Apple自身が持て余していたFireWireなどのハードウェア技術も使いこなしていた。商業的には確かに成功しなかったが、技術的にはものすごい影響を残していることはその方面に興味がある人は誰でも知っているはずだ(しかし本書の著者はそうではない)。
ついでに書いておくと、アメリオが一体型の廉価版Macを以前から企画していてiMacは単にそれをJobsが盗んだだけだ、みたいなことも書いてあるんだけど、これもむちゃくちゃ語弊がある。端的に言えば嘘だ。この一体型については前述の『薄氷〜』の方にもちらっと出てくるのだが、外観については何も言っていないしフロッピーも付いているもので、iMacの革命的なところを何ひとつ持っていないのだ。また、同じ本でアメリオはあのおぞましいPowerMac 9600を「とても格好良く機能的だ」などと書いていて、こんな人がその後何年にも渡って模倣され業界に影響を与え続けることになるiMacの半透明で曲線のデザインと絞り切ったインターフェースに価値を認めたとは思えない。たとえ廉価一体型Macの企画が存在していたとしても、iMacと似ているところは価格ぐらいだっただろう。
ともかく本書で伝わってくるJobs像はやや歪んでいます。もしiPodとかiTMSとかの最新事情を含んだ歴史をフォローしたいとかいう積極的動機がなく、ただSteve Jobsに関するよりドラマチックなストーリを読みたいという人がいたら、本書でも度々引用されている『スティーブ・ジョブズの再臨』の方がよりオススメです。

スティーブ・ジョブズの再臨―世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活

スティーブ・ジョブズの再臨―世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活

(追記: 『〜再臨』だとおもにNeXT以後の話がメインになるので、Macintoshの頃の話を読みたいという人には『Revolution in the Valley(邦訳)』をさらにオススメします)

*1:UIEの中島聡さんもこの本について(わりと好意的に)書いているけど、その末尾にApple Storeから出版社ごと締め出されたエピソードが取り上げられている。