今野浩『すべて僕に任せてください 東工大モーレツ天才助教授の悲劇』

すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇

すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇

私にとって、読み出すと止まらない絶対に面白いこというかとにかくすごい本であることがもう読む前からわかっている本というのが世の中にはいくつもあって、本書はそのうちの1冊。著者買いである。この方はORの大先生であるが、もの書きとしても恐しく筆の立つ方である。これまでも『役に立つ一次式』と『金融工学20年』という素晴しい本を読ませてもらってきたが、本書はその系譜に連なる知的興奮に満ちた一冊でありつつ、涙を誘うもの悲しい物語でもある。
他の著書などにもある通り、著者は工学系からも経済学系からも足を引っぱられながら日本の金融工学の牽引役を勤めてきた人だが、本書の主役というか記述の対象はその弟子であり盟友であった白川浩さんという一人の研究者である。私は専門も遠いため、これまでお名前を存じ上げなかった。前書きから引用する。

この本は、革新的金融システムを生み出すために命を賭した「突き抜けたエンジニア」の半生を通じて、これまで知られることのなかった「20世紀エンジニア」と「理工系大学」の生態を紹介する目的で書かれたものである。

天才助教授は文字通り命を賭して短かい人生をモーレツに生きた。昼も夜もなく研究に打ち込んで、エレベータの中で眠ってしまうような生活をずっと続けていたという。もっともそのエレベータの逸話については終章でタネが明かされる。それだけでなく、時はまさに独立行政法人化を含む大学改革の真っ盛りであり、研究以外にも恐しい量の仕事があるのだ。
主な舞台は東工大であるが、周辺の関係者の所属機関として他にも様々な「理工系大学」が登場する。理工系とひとくくりにした中でも例えば理学部と工学部ではよほど雰囲気が違うことをエンジニア視点で描いており、理学部出身の私にもとても興味深い。白川助教授は工学系出身でありながらも理学系に手を染め、やがて訣別して戻ってくる。そのことも彼の寿命を縮めたのだろう。
とまあ、通底するストーリは悲しいものであるが、理系研究者、特に工学系の人間のことをこれほど生き生きと描いた本などあまりないし、文部省(後の文科省)の大学改革がもたらした現場の混乱など手にとるようにわかる。予想通り一気に読み通してしまったが、一行一行味わって読んでいくことも出来る濃密さももっている。冒頭に書いた通りの期待を持って読みはじめたが、全く裏切られなかった。

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というわけで過去にこの著者の本を読んだときの感想など。