梅田望夫『ウェブ時代 5つの定理』

http://www.bunshun.co.jp/umeda_web/index.htm

ウェブ時代 5つの定理―この言葉が未来を切り開く!

ウェブ時代 5つの定理―この言葉が未来を切り開く!

発売になっていたのは知っていつつも忙しくて本屋に行ってなかったのもあってまだ手にとっていなかったのですが、ネット上に読んだ人の感想が出てくるのにつれて、これこそは自分が(特にもう少し若い頃に)読みたかった本ではなかろうかという想いがひしひしとわいてきて、いてもたってもいられなくなり書店に走りました。
本の内容や「5つの定理」として挙げられている概念(アントレプレナーシップ、チーム力、技術者の眼、グーグリネス、大人の流儀)についての説明は既に著者自身がblogで書いているしネット上にあふれているのでここでは書きません*1。各章共通して、ビジョナリたちの金言を軸にしてそれを著者に解題してもらうという形になっているのですが、この形式を聞いただけでただでさえ企画勝ちというか、非常に興味をそそられるのはもういた仕方ない。前書きから少し引用。

十六年前、アメリカにやってきたばかりの私は、「ある種の人々」が英語で発する切れ味の良い言葉を読み、その言葉の背景にある思考や発想に寄り添って深く考えることで、それができるのだ、という発見をしました。
《中略》
 そういう発見をして以来、私はひたすら、ビジョナリーたちの切れ味のよい言葉を探しては考える、ということをずっと繰り返してきました。日々の仕事での経験にビジョナリーたちの言葉を照射しては、変化の予兆をとらえようとしてきました。これが、今も続けている私の勉強法の核心なのです。

これが著者の勉強法の核心だというのだから、つまり本書は著者の勉強の過程を整理してエッセンスを濃縮した状態で見せてもらえるということなのです。
読み進んでいて思ったことですが、この英語の言葉の引用にその解題が続くという形式は、著者が2003年から2年間に渡ってほぼ毎日更新していた怪物blog『英語で読むITトレンド』をリアルタイムで読んでいた時期を否が応でも思い出させます。あの頃は毎朝『英語で〜』の新しい記事が上がるのを心待ちにしていて、それこそ穴の開くほど読んでいました。あの連載が私が英語のblogを大量に読む(読めているかどうかはあやしいが、少なくともfeed readerには入れる)きっかけになったことだけは間違いないです。おそらく意図的にやられていたのだろうと思いますが、最初の頃は英語の引用にほぼ対訳になる日本語解説が付いていました。それがだんだんと日本語が簡潔な要約だけになっていき、blog終了間際にはほとんど英語引用だけになっていて、この変化に合わせて私はしょうがないので英語原文を読まなきゃと思い、かつ中身を理解するために前後関係を改めたくて引用元のblogにアクセスし、といったことを続けていくことになったという、今思い出してみてもとても教育的な構成になっていました。
閑話休題。著者の非常に教育的な姿勢という特徴は本書でも受け継がれていて、扱われている金言・名言は全て出版元のサイトの名言リンク集ページで引用元へのリンクも付いた状態で読むことができます。これは素晴しいですね。引用しやすいし、なにより興味を持った人が原文にあたるためのきっかけになるし、引用の前後からさらに興味が広がっていく可能性があります。
上記ページなどを眺めているとすぐに気がつくのですが、著者が選んだ「金言」の出元は限られています。ゴードン・ベルアンディ・グローブスティーブ・ジョブズ、グーグルの経営者たちなどは、それぞれいくつもの言葉が繰り返し取り上げられていて、こういった面々が本当のビジョナリであり、発言を聞き逃してはならない人たちなのだとわかる。こういった注目しておくべき人を見抜いて目を離さないのがGoogliness的に言う見晴しのいい場所にいるということなんでしょう。そしてSteve Jobsはもちろんのこと、Paul GrahamやTim O'Reillyがいくつも引用されているのを読むと、ある分野においては私の見てる場所も見晴しが良いところだったんだろうと思えて安心するし今後への指針にもなる。
ところで、本書にある言葉のような「世界をより良くする(make the world better place)」ことを臆面もなく口にしてまわりの人に影響を与える人がSilicon Valleyを待たずともまわりに何人かいる。たとえばid:takahashimとかid:malaとか。かくいう私も一部の人から夢想家の類だと思われているようだ(自覚はあるのだよ、友人諸兄)。そんな中でもひときわ大きな影響を受けたのが10年以上も前にこんなことを言っているこの人だった。

わたしたちはなんで夜も寝ずにhackをするんでしょう? わたしたちはなんで研究するんでしょう?
多分、自分の思い描く「素敵な世の中」を実現したり、 あるいは「みんなのしあわせ」を実現したりするためだと思うのですよね。

プログラマが世界を良くできるというのは、彼がくれた遺言のようなものだと思う。私はたまたまこの時代にプログラマという仕事についたので、引き続き世界が良くなるような何かをやっていきたいと思う。本書はそういう私の考えに力強い後押しをくれる1冊だ。枕元に置いて何度も読み返すことになると思う。

*1:余談ながら、数学専攻出身の人間にはこのような概念について「定理」という言葉を使う事にやや抵抗があります。定理とは真であると証明された命題のことであって定理となってしまえば与えられた仮定さえ満たしていれば議論の余地なく真なわけで、そこまで強い主張をしているのかなあと思ってしまう。おそるべし数学科脳。実際、近藤さんの「数学の公式集」という言葉からの比喩でこの言葉を使うことを思いついたということが梅田さんのblog記事に書いてありますが、公式と言ったときだとややフォーマルでない使い方も許される感じがするのに、それが定理だと抵抗があるというのは何故だろう。