今野浩『金融工学20年』

金融工学20年?20世紀エンジニアの冒険

金融工学20年?20世紀エンジニアの冒険

いやもうめちゃくちゃに面白かった。『役に立つ一次式』と同じ著者で、こっちの方が先に出版されてるし買ったのも先だったんですが、積んでたらあっちが出ちゃいました。そうするとどうしても自分のバックグラウンドに近い方に先に手を出してしまうのですが、あっちが最近の読書の中でピカイチに面白かったのでこちらも早いとこ読みたいなーと思い、それで手をつけたらもう全然止まらなくなって一気読み。
著者はもともとはORの専門家であり、エンジニアと自称しています。80年代後半に(特にアメリカで)数理科学分野の研究者が次々と金融分野で成功していることを知り、自身も「ファイナンスはORそのものだ」と喝破しつついくつか成果をあげたのち、ついにFinancial Engineering研究に本格参入します。後書きからちょと引用:

一九四〇年に生まれた筆者は、スプートニク・ショック後の理工系ブームの中で理工系大学に進み、エンジニアとして40年を過ごした。本書はその後の20年間、金融工学という分野に参入したエンジニアが、仲間たちと共に
  日本の富を自国に環流させようとする米国
  "金融工学はたんなる計算"と批判する経済学者
  "金融工学は学問か"を揶揄する純正エンジニア
  金融工学に理解を示さない金融ビジネスのリーダーたち
と戦いながら、エンジニア・スタンダードでこの分野を切り拓いていく過程を、クロノロジカルに記したものである。

学会を設立したり、勤務する大学に研究センターを作ったり、といった大文字の学者活動で東奔西走しながら日本の金融工学研究を少しでも前進させようとしてきた過程を、年金基金の運営や国立大学法人化などのトピックも混じえながら語る一大年代記。その中で著者が数理工学の研究者だということも読者が忘れないように要所要所で数式付きの簡潔な説明も挿入されます。
そして「一次式」と同様に、仲間であったりライバルであったりする国内外の研究者をおそろしく臨場感豊かに描写するスタイルも楽しめる。実のところ、いま私が最もこの著者の筆に感動してしまう原因のひとつがこの研究者同志の人間くささです。同じく大学人でモノ書きかつ分野もお隣みたいなもんである野口悠紀雄氏と比べて、ここの「読ませる力」がめちゃ強力なことが特徴なのかも。ちなみにその野口氏は本書の存在感ある登場人物のひとりでもあります。

著者をはじめとする様々な人の20年の奮闘の成果によって、一時は国内でも金融工学がブームのようになってました。だから今やこの分野についての一般書も山ほど出版されている。例えば本書でも中公、岩波、文春それぞれからほぼ同時期に新書で金融工学の解説書が出版されるエピソードが紹介されています。それぞれの著者は、今野浩(本書の著者)、苅屋武彦(京大教授)、野口悠紀雄(前述)で、私はぜんぶ買ったけど読んだのは野口氏のやつだけ。そんな状況で読んだ本書は20年の歴史についての戦慄の現場報告という感じで、また新たにこの分野に興味を持たされる1冊でした。
超オススメ、かつ今野浩氏は今後も要チェックです。私は本書と「一次式」がはじめての今野氏というわけではなく、1995年の『カーマーカー特許とソフトウェア*1や『大学教授の株ゲーム』も読んでるんですが(それである程度実績あるから著者名だけで買ったりしたわけですが)、それにしても最近のこの2冊は規格外というか、びっくりしました。

*1:扱うトピックは本書と異なりますが、この本はソフトウェア技術者必読です。これについての詳しい話はあとで書く、かも知れない。