伊原亮司『トヨタの労働現場』

たかはしさんのオススメによる。

トヨタの労働現場―ダイナミズムとコンテクスト

トヨタの労働現場―ダイナミズムとコンテクスト

うーむ、トヨタ生産方式だめじゃんて感じ。と書くとエキセントリックすぎるのでちょと解説。

著者は当時一橋大学の大学院生で、自らトヨタ期間労働者として普通に応募して採用され、3ヶ月半の間実際に期間工として働いたという、いわゆる参与観察型研究の結果であり、これが博士論文になっています。
私はもともとトヨタに注目していたとかいうわけでは全然なく、平鍋さんらが『リーンソフトウェア開発(ISBN:4822281930)』を訳している、といった話から遡って興味を持ったに過ぎません。最近はその手のagile開発関連での興味から、トヨタ生産方式を製造業における偉大な結果であるととらえて、それをソフトウェア開発に取り入れるにはどうすればいいだろうか、というような話題はよく出てきます。
けれど、ではトヨタに代表されるリーン生産方式がその構造上内在している問題点みたいなのが考えられて、それがリーンソフトウェア開発にもあてはまる、ということはないのだろうか、要するに、リーンソフトウェア開発、agile開発が先天的に持っている落し穴みたいなものはないのだろうか、ということに興味が沸いてこないでしょうか。そのひとつの答が本書にあります。
本書の実体験ベースでの考察では、

  • 「視える化」は従業員同士を相互監視状態の緊張の中におき、経営側の論理に従わせるための「視られる化」でもある
  • ライン労働での「熟練」はキャリアには結びつかない低レベルの「熟練」でしかない
  • 「労働者の自律性」は結局労働強化(労働の増加)に結びつく

などといったことが挙げられています。(このまとめはたかはしさんによる)
要するにリーン生産方式には経営側有利に傾く仕組みがあらかじめ備わっていて、そうしようと思えばそれを悪用することが可能なのです。ソフトウェア開発について考えると、agileやリーンを号令にしながら、喜んでハードワークに身を投じそうな生真面目な開発者の姿が目に浮んでしまいます。我々がトヨタから何かを学ぶ上でも、これらの要素を踏まえて倫理というかなんというか、を忘れないように注意深くやらないといけないな、というのが感想です。